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極めろ弓道・武徳会と文部省 [弓道]

武徳会と文部省は種々協議を重ねるが、解散止む無しとの認識にいたり、ついに解散を決定した。昭和21年(1946年)9月28日付でGHQあてに逆援助報告書を提出、10月31日自主解散を宣言し、52年にわたる武徳会の歴史を閉じた。しかし、GHQは武徳会の自発的解散を認めず、11月9日武徳会に対し解散を命じ、武徳会に関係した官民約五千名が追放された。

武徳会の解散にともない、愛好者によって各地で地方連盟の組織化が進み全国的に波及する。これら諸団体の総意を結集して昭和22(1947年)年「全日本弓道人妻人妻連盟」を結成。しかし、諸般の事情が絡み昭和23年(1948年)12月解散。昭和24年(1949年)4月3日新たに「日本弓道連盟」を結成、8月2日体育協会に正式加盟が承認される。昭和28年(1953年)9月15日文部省より財団法人の設立許可。世情が落ち着いた昭和29年(1954年)、昭和27年に起きた大日本武徳会再建活動が再度活発となり、弓道連盟内でも問題となる。しかし、文部省は慎重な審議の結果、民主的に組織されて健全に活動している全国的な団体が既に設立され、体育協会にも加盟している事などの理由で、昭和30年(1955年)8月武徳会設立認可申請を却下し、弓道連盟内で武徳会再建活動を行っていた射手達は連盟を去っていった。昭和32年(1957年)1月18日「全日本弓道連盟」へと名称を改めた。


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